古今東西混交ワールドの冒険とバトルが両立した稀有な作品
「給湯流アニメ茶碗の旅」、連載第7回⽬となりました。今回は、七の数字にちなんだ作品を選ばせていただきます。
毎度連呼させていただきますが、給湯流茶道とは、「現代の戦場、オフィス給湯室で抹茶をたてる団体」です。戦国時代に茶道に興じた⼤名にならって給湯室で茶会をする⼀派、と称しております。
私たちの茶室は、グループ名の通り給湯室。オフィスの狭い給湯室で茶を⽴てながらビジネスの諸⾏無常を語らい、時には社内政治について密談する。空間は変われど戦国時代と変わらぬ姿を継承したい気持ちで取り組んでいます。
そこで使う茶碗が、この連載の主題。雑器そのものの⼦供達のご飯に使われていたアニメ茶碗を名物として重宝している次第です。
キャラクター盛りだくさんの茶碗の登場
では、今回の茶碗をご覧ください!
今回の作品は『ドラゴンボール』(作.⿃⼭明)茶碗の登場です。ご存じワールドワイドに知られた作品です。現在もアニメ化も含めてヒット作を輩出している週刊ジャンプの基礎を築いたと⾔われる作品です。
作品は⼈気も⼈気で、テレビアニメなんて平均視聴率20%以上(※1)だったそうです。⼦供が多かった時代とはいえ尋常ではない⾼視聴率。世界中で⽇本の漫画アニメ作品が親しまれるようになった最初の作品と⾔えるかもしれません。
テレビ放映の期間は1986年から1996年と11年間も続いた⻑期番組でもありました。これまでよく紹介していた昭和中期のテレビアニメをはるかに超える期間の⼤河ドラマと⾔えます。特に後半はバギバキ、ドカドカのバトルが多めで、視聴率向上は果たされたようですが⼤変な仕事だったように思われます。お疲れ様です。
漫画原作とほぼ同時並⾏で制作されたことが本作、アニメ版の特徴でもあり、視聴者にとって常に新鮮な⽬線で⾒ることができた環境でした。通常は漫画版が先に進⾏して、アニメは⼤まかな結末を知った上で⾒ることが⼤半です。
(※1)
東映アニメーション公式サイト 2024年6月17日閲覧
https://www.toei-anim.co.jp/ptr/dragonball/z/index.html
父親不在は野生児ヒーローの条件
『ドラゴンボール』の設定で興味深いのは、前回の『怪物くん』と共通して、これまた孤児で祖⽗(じっちゃん)こと孫悟飯に育てられているというところでしょうか。昭和も後期となれば、⼤学進学などで親元を離れる⼈も増え、厳しい親の⾔うがままの⼦、という環境は打破されていきます。⼦供も⾃由を獲得していくようになれば、以前に取り上げた『巨⼈の星』のように孤⾼の⽗親などがいると、主⼈公が元気いっぱいに暴れられやしません。
祖⽗的な存在の育ての親である孫悟飯がいますが、作品開始前にすでに退場済みです(⽉を⾒て巨⼤な猿に変⾝した孫悟空に踏み潰されたという不遇の事故だったことがのちに判明)。葛藤を経ての「⽗親殺し」なんてやる必要もないのです。
育ての親が早々に退場して、来訪者が現れてそこから冒険がはじまる、というパターン⾃体は⽇本の漫画アニメ作品ではわりと王道であり、たとえば『未来少年コナン』(1978年)も同じです。元気いっぱい野⽣児を主⼈公にするなら制約になりそうな親は、不在がちになるのはいた仕⽅ないと⾔えるかもしれません。
最初はバディものだったかも
物語の始まりはこんな感じです。
祖⽗なきあと(前述の通り、実は主⼈公が原因の事故死)、孫悟空(12歳)は中国の仙郷⾵の⼭奥の庵で、星が4つのドラゴンボール四星球(スーシンチュウ)を祖⽗孫悟飯の形⾒にしながら野⽣児的に暮らしていました。そこに、都会からドラゴンボールを探しにブルマ(16歳)がやってきて物語が始まります。
ブルマはすでに⼤学卒業で、特別講師を務める科学者なので、⼈⽣への悩みは薄めです。なんてったって夏休みを利⽤してドラゴンボールを探しに来ているわけで気楽なもんです。この時代の漫画には悩める14歳はいないのです(ただし登場時で孫悟空本⼈は年齢を14歳と数え間違えている)。
名作すぎて多くの⽅がさまざまに語っているので、ここでは世界観に絞って述べたいと思います。
筆者が考える、『ドラゴンボール』での発明の⼀つは、中国の仙郷⾵景と「BAOOM」「ドガン」「どどーん」といったカタカナ、ひらがな、アルファベットの効果⾳の併⽤、⾐装、メカなどがアメリカ⾵と中国⾵を中⼼とした古今東⻄の意匠が⾒事に融合しているところです。レッドリボン軍などどことなく旧社会主義的なデザインも散りばめられています。
ここまでごった煮にしてしまうと統⼀感がないなど何か問題が起きそうなところですが、今⾒てもなぜか安定感があります。いろんなバランスによるものでしょうが、圧倒的に画の完成度がめちゃめちゃ⾼いことが、ごった煮のデザインでも世界観が統⼀されている⼤きな理由の⼀つだと思われます。画⼒はいろんなことを解決します。
初期のドラゴンボール探しのライバル、ピラフ⼀味なんて、ピラフは道教の道服に前掛けに「炒飯」の⽂字(ピラフなのにチャーハンなんかい、という突っ込み待ちのギャグ)。これに⽝の部下シュウ(ソバ)は忍者の⾐装という統⼀感のなさ。
さらにこの⼆⼈の漫画的に⼩さいキャラクターに加えて3⼈⽬がなぜか将校のような⾐装の⻑⾝の⼥性マイの3⼈組です。これが不思議にバランスが取れていたりします。
それ以後も宇宙⼈的なデザインのピッコロ⼤魔王(ナメック星⼈)から中東感のある魔⼈ブウまでかなりの範囲の素材からキャラクターを造形しています。メカも未来感のある空⾶ぶ乗り物やタイムマシーン、ホイホイカプセル(この辺りはドラえもん的SFツール)からマシンガンのようなレトロな道具まで、全部盛りです。
このように古今東⻄のデザインをミックスして成⽴するバランス感覚がドラゴンボールの優れたところであろうと筆者は考えています。⼩道具の配置も素晴らしく⻲仙⼈もでかい杖にカンフー服とサングラス、これに⻲の甲羅を背負わせて揺るがないバランスが出来上がっています。⻲の甲羅がないと、なんか落ち着かない域に達している。
ただ、序盤のドラゴンボール探し1回⽬が終わったあたりの連載当時の⼈気はそれほどでもなくむしろ苦戦していたそうです。筆者としては連載序盤の世界観こそ⾰新的だったように思うのですが。
転機は、「強いやつと戦いたい」という孫悟空のバトルマニア気質が明確になった天下⼀武道会で、ここから⼈気が急上昇したそうです。アニメについても、ピッコロ⼤魔王を倒したシーンの出来栄えに不満をもった編集者が、制作体制の⼀新を推進し、より格闘アクションの質を⾼める路線に舵を切って更なる視聴率向上につながったと⾔われています。
この⼈気上昇のきっかけについては納得するところもありつつ、バトル沼の危険性が⽣み出されてしまったようにも思わずにはいられません。
ほのぼのしたドラゴンボール探しの雰囲気は天下⼀武道会のあとからは、やや格闘シーン多めのシリアス路線に転じましたが、それでも冒険とバトルの両⽴はある程度は実現していたと⾔えます。海から⼭から宇宙から異世界まで、これぞ冒険バトル漫画です。
冒険かつバトルを両⽴させるのもなかなか難易度⾼めなことで、多くの作品はどちらかに絞ります。冒険漫画にするか、バトル格闘漫画にするか。
ただ、個⼈的意⾒ですが、ずっと同じ建物の中で試合やバトルしているのを延々と描いたりするのはストイックな⼤⼈向けと⾔いますか、もし⼦供が読む作品なら遠くの世界に移動していく⽅が想像⼒を育てる可能性があっていいんじゃないでしょうか。
茶碗としての見どころは、キャラクター集合系とコンビ系の二面仕上げ
ドラゴンボール以前もキャラクター盛りだくさんの作品は多数ありました。戦隊ものや『サイボーグ009』などが挙げられるかと思いますが、同じ組織内での話で制服も⼀緒です。スポ根漫画も、個性的なキャラクターが出てくるといっても、たいていチームに特徴的なエース格のキャラクターが1,2⼈ぐらい、主⼈公チームでも5⼈程度でしょう。いずれにしても野球のユニフォームを着ている点では戦隊ものに近いと⾔えます。
改めて振り返るとそれまでの作品ではドラゴンボールのようにそれぞれ別々の背景を持つキャラクターが個々に際⽴っているのは案外なかったようにも思われます。
なんやかんや最後は孫悟空が強敵を倒すという流れではあるのですが、そのときどきに師匠や緊張関係のあるライバル、仲間、たまに参加する仲間、のような⼈間関係で物語が⻑期で動いていく漫画は当時とても新しかったと⾔えます。
キャラクター造形も必要⼗分な線で描かれていて、真似して描けそうで描いてみると確かに描ける。なんか違うけど⼤体分かる、という絶妙なデザインです。本⼈が描けば完成度も⾼く、素⼈が真似して描いても孫悟空とは分かる(でもなんか違う)ところが卓越しています。
ということで、単品キャラクターが多かったアニメ茶碗の歴史上ついにキャラクター盛りだくさんのデザインが登場し始めた時期の茶碗と⾔えます。キャラクター集合の⾯をこの茶碗の表とします。
その表には、孫悟空と四星球(育ての親孫悟飯の形⾒)、ブルマとマシンガン、師匠の孫悟空、修⾏仲間のクリリン、そして動物キャラクターのウーロンとプーアルです。筋⽃雲と如意棒という特殊アイテムが2つも配置されていて⾒事に⻄遊記⾵でアメリカンな世界観が融合した感じを出しています。なんといってもカンフー⾐装の⻲仙⼈はサングラスなのが象徴的です。
ただ、気になる部分が、なぜか杖の⾊が緑です。素材は⽊じゃない…?
もしかしたら、杖の⾊とブルマの髪の⾊とプーアールの⽑の⾊と同じにして⾊数を節約しようとしたのかもしれません。ここは、業務上の世知⾟さを茶会のテーマに据える給湯流としては製造コスト削減、諸⾏無常の響きを感じます。
裏⾯は、⻲仙⼈のもとで修⾏して親友となった孫悟空とクリリンのコンビです。表と裏で七つドラゴンボールが揃っているのもポイントです。当時はドラゴンボールを模したおもちゃも売られており、ただのゴムボールなのに星が⼊っているだけで貴重な感じがしたものです。
茶碗のプリント技術としては精度が⾼く、あまりエラー要素は⾒られません。アニメ茶碗の製造技術がかなりこなれてきた時期であるとも⾔えるでしょう。以前のようなはみ出しはありません。寂しい感じもありますが、これもまた時代の変化ではあります。ただし、裏⾯も如意棒が塗られておらず「⽩」になっているなど所々うっかり省略が⾒受けられます。これも印刷コストの限界だったのか…。
タイトルのロゴは今見ても斬新
DRAGON までが⽔⾊、BALLが⾚で、その右下の◯の中に(ド)(ラ)(ゴ)(ン)(ボ)(ー)(ル)と書かれています。七つのボールにもなっている!細かいですなあ。
アルファベットとカタカナを混在させたロゴは今でも珍しいかもしれません。
古来の茶碗作品で猿が登場するものは⾒つけられませんでしたが、狂⾔の⾯では猿の⾯は主要なものだそうで、「狂⾔役者は猿に始まり狐に終わると⾔われ」(⽂化遺産オンライン「狂⾔⾯ 猿」解説⽂より)るそうです。
そういえば、当作ではお⾯の使い⽅も秀逸で、育ての親、孫悟飯が登場するシーンでは狐のお⾯での登場です。さっきの、猿にはじまり狐に終わる、ではないですが偶然にも⼦が猿で育ての親が狐のお⾯とは洒落ています。狂⾔の⾔われを踏まえて選んだのではないかもしれませんが、センスを感じるキャラクター造形です。
ということで名作中の名作『ドラゴンボール』茶碗、名は「四」としたいと思います。理由はもちろん孫悟空の⼿にある四星球です。
茶会でお⽬にかかったらどうぞお⾒知りおきを!
仕事が立て込んでも抹茶で一服を
(給湯流 伊藤飛石連休)
画像引用元
・「狂言面 猿」
https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/C-199?locale=ja
「ドラゴンボール」各コマ
https://shonenjumpplus.com/
伊藤洋志(茶名.飛石連休)
仕事づくりレーベル「ナリワイ」代表。シェアアトリエの運営や「モンゴル武者修行」、「遊撃農家」などのナリワイに加え、野良着メーカーSAGYOのディレクターを務め、「全国床張り協会」といった、ナリワイのギルド的団体運営等の活動も行う。
執筆活動も行っており、新著に『イドコロをつくる乱世で正気を失わないための暮らし方』(東京書籍)がある。ほか『ナリワイをつくる』『小商いのはじめかた』『フルサトをつくる』(すべて東京書籍)を出版。
給湯流公式サイト:http://www.910ryu.com/
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伊藤洋志個人:https://twitter.com/marugame